通院日 [ぴんぼけ]
本日は月1回の通院日である。
例によって会社帰りにAクリニックに寄る。
明日はQ艦長(家内)の1周忌法要である。
この機会に、何故精神科に入院し、
心療内科に通うことになったのかを記載しておこう。
記憶として留めておきたい。
実は、Q艦長は自殺であった。
2013年7月2日、8:30AM
起きてこない彼女を起こしに行った。
彼女は10年来の統合失調症患者であった。
丁度3か月前ぐらいから心療内科に
通うことをやめた所だった。
部屋の扉は内側から鍵がかかっていた。
呼んでも返事がない。
嫌な予感がして、工具箱からドライバーを取り出し、
外側から開錠した。
扉を開けると、目の前の光景に愕然とした。
血の海だったのである。
Q艦長はベッドに背もたれし上半身血だらけだった。
リク中尉をゲージに追いやり、救急車を呼んだ。
電話で救急隊の支持に従い、Q艦長を横にして
心臓マッサージを行った。
必死に「戻れーっ」と叫びながら・・・。
やがて、救急隊が到着して、救急車で病院に搬送された。
私も足だけシャワーで洗い、救急車に同乗した。
だめだと解っていた・・・。
待合で先生から出血多量でこと切れていた、と説明を受けた。
死因はパン切り包丁による頸動脈切創。
7:00AMには死亡に至っていた。
会社と両親に連絡して、葬儀社の手配、
艦へ戻って、警察の現場検証・・・。
血の海を掃除して・・・
葬儀は遺言通り直葬にて行い、
7/11、艦隊本部に出社した。
この頃からの記憶が飛んでいるが、
半日で夢遊病者の様に歩いて帰艦し、
翌日も会社に出社途中から夢遊病で歩き回っていた。
そのうちに、熱中症状態となり、
救急車で病院に搬送されたらしい。
点滴を受け、翌日M中将(母)とY中佐(弟)が
精神科に搬送し、T病院に入院となった。
病名:心因反応。
実は30才の時に同病名で2カ月ほど入院した事がある。
再発であった・・・。
疲労過多とショックで発症したと推定。
3日間ほどベッドに拘束されて、
やっと意識が回復した。
8/30まで入院し、10月末まで自宅療養後
5523艦隊に復職した。
とまあこんな訳で、復職後心療内科に通院してる訳だ。
未だに、何故Q艦長が自殺したのか定かではない。
しかし、彼女の要望通り、4回の転居を繰り返し、
不自由にはさせなかったつもりであり、
私としてはやるだけの事はやって、悔いはない。
明日の1周忌法要は11:00AMあざみの浄苑にて。
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以上だ税。
固論歩